親友











 まだ幼かった。
 生まれてから十数年も経っていないかった。
 けれどその年のわりに落ち着いた空気を身にまとった少年は、いつだって、ひとより一歩下がったところで控えめに微笑んでいた。
 ケレボルン、銀の木という名があまりにも似合いすぎる。
 そんな子供だったから。


「わたしは残るよ」


 突然の彼の発言に皆が驚いた。

「………何?」

 とくに、この少年。
 さも不機嫌といわんばかりに眉を寄せたエルフの名をオロフェア、という。
 年はケレボルンと同じで、非常に若いテレリである。
 そして、この二人がいつも行動を共にしていることは、テレリの誰もが周知の事実でもあった。
 …だが、たった今、その片方がこの地に残ると、そう言ったわけで。

「だってわたしは大叔父上を置いていきたくないんだもの」
「…自分が何を言ってるか、分かってるか?」
「もちろん」
「……エルウェ殿は、あのフィンウェ様とイングウェ様が探しても見つからなかったんだぞ…?」

 これまでテレリを率いてきたケレボルンの大叔父エルウェが行方知れずとなって、早何年。
 探した。
 それこそ草の根を掻き分け、必至に探した。
 けれど、同じテレリの民はおろか、残りニ族の指導者でさえ、何も、彼の足跡すら、見つけられず。
 最早誰もが諦め西に向かおうとしていたとき、ケレボルンがそんなことを言い出したのだった。

「残ったからって見つかる保障なんてないのに!」
「あちらに渡ってしまえば、ただでさえ少ない可能性すらなくなってしまうよ」

 オロフェアが声を荒げれば、ケレボルンは困ったように肩をすくめた。

「……本当に……残るのか」

 その言葉に彼はこくりと首を縦に振る。

「…わたしが、共に来て欲しいといってもか?」
「じゃあ、きみは大叔父上だけ置いてけっていうの?」

 不毛な言い合いを続けるうちに、ケレボルンは意外なことにとても強情だったことを思い出す。
 それはもしかしたら、オロフェアだけ、が知っていたのかもしれず。
 だからこそ、決心した友の気持ちは変えることなんてできなくて。
 自分にできることはもう何もないのだと思い知らされた気がする。
 悔しくて、オロフェアは唇を噛み締めた。

「…あちらに渡ってしまってはもう会えない」
「けれど、わたしは残る」

 苦笑いをしていたケレボルンの表情がゆっくりと真剣なものへ変わっていく。

「おま…ッ!」
「オロフェアはオロフェアの好きにしたらいいよ」
「……ケレボルン」
「これはわたしの我儘だから、無理に付き合う必要なんて何処にもない」
「……っ…」


   ――…選べっていうのか?
   駄々をこねられたほうがましだ。
   ただ、言葉が欲しかった。
   たった一言、ついてこい、と言って欲しかった。
   そうすれば、こんなに悩むこともなかったのに。
   …わたしに選ばせるのか。

   お前から離れるか、至福の地を諦めるか、なんて。




「……わたし、も……残るぞ、残ればいいんだろう!?」
「…自由にしたらいいって言ってるのに」
 オロフェアがなかば叫ぶように宣言すると、ケレボルンは苦笑して答える。
「でもきっとそう言ってくれると思ってた」
「な、」
 何故と問おうとしたけれど、オロフェアの喉からひどく掠れてしまった声しかでなくて、最後までいうことが出来なくて。
 そんな彼がどうしようもなく愛しく思えて、声が明るくなりすぎないように努めて、ケレボルンはいう。

「オロフェア、優しいもの」

「……………………そんな、理由、で」
「とても大切なことだよ!」
 やけにきっぱりと言い切り、にこにこと微笑みつづける友を前にして、オロフェアは溜息ひとつ。
 やっぱり力がぬける、というかなんというか、この男は、どうしてこう……。


「…わたしは、ずっと、おまえと一緒にいたよな」
 物心ついたときにはもう既に。
「そうだね。きっと、はじめからずっと」
 そう、それを運命といってしまうなら。



「だったら当然、最後まで一緒だろう?」



 そんな告白みたいな科白を、まるで簡単なことのように、オロフェアは平然と言ってのけるから。
 まるでそれが理にかなっているような、そんな気さえしてくる。

 言の葉の、なんと不思議なことだろう。


   ――…ほぅら、やっぱり。
   わたしがいったとおりじゃない。

   きみはやさしいんだよ。

   どんなに口がわるくたって、態度が大きくったって、わたしは知ってる。
   きみが気付いていようと、いまいとね。
   まったく、きみといるだけで、こちらまで優しくなれる気がするよ。




「ありがとう」

 いつもと同じに静かな微笑みを浮かべていて、ケレボルンは礼を言の葉にのせる。
 …けれど、いつもと違った声はどことなく嬉しさを含んでいて。
 礼を言われた本人は、何のことかわからずに軽く眉を顰めたのだけれど、ケレボルンは気にせず続けた。
「本当にきみがいてくれてよかったとおもうよ」
「…ぁ、ああ……?」
 ぽむぽむと肩を叩かれながらオロフェアが曖昧な返事を返せば、満足そうに微笑むケレボルン。

「さぁて、何処にいらっしゃるのかな。頭が足りないけれど、愛すべき我らが君は!」
「あの方のことだから、きっと突拍子もない場所にいらっしゃるのだろうさ」
「触り心地のよい草木でもみつけたとか?」
「そこに美しい女性でもいたのかもな?」


『………………………………………………。』


「…………ちょっと、オロフェア。それじゃあ、まるで大叔父上が色魔みたいじゃない」
「…………お前のこそ、あの方を徘徊癖のある呆け老人みたいに言っただろうが」


 お互いにあんまりな言いようなのだけれども、それがあんまり『彼らしい』から、おかしくて。
 ふたりは顔を見合わせた途端に同時に噴出してしまった。


「ありうるよな」
「そうだねぇ」


 と、ふたりで声をたてて笑いながら。


 確かにエルウェを見つけてしまいたいのだけれど。
 …でも、それは別に今すぐでなくともいいかもしれない、なんて。


 そんなような、ことを。






 やっぱり、ふたり同時に考えた。












  至福の国への憧れは止まないけれど。
  それでも、この国を離れがたくも思うから。

  でも、なにより離れがたいのは。












  大切な、友のとなり。













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