暴君
「何を、してらっしゃる」
いささか疲れた顔でオロフェアが問うと、エルウェは杯を手に、至って真面目な顔をして答えた。
「酒を飲んでいる」
「〜〜っそういう事を聞いている訳でない!」
凄まじい怒声が飛ぶ。
鳥が何匹か飛び去ってしまったが、そんなことはオロフェアの気にもかからかった。
尚もエルウェは顔色すら変えずけろりとしている。
「あなたを皆、どれだけ探したか、分かっておられるのかッ!!?」
「あんまり怒ると禿げるぞ?」
「だ、誰の所為だと…!」
「まぁまぁ、久しぶりなのじゃ。飲め」
何処から取り出したのか、杯をひとつ、オロフェアの方へ突き出した。
オロフェアが今の状況をいまいち理解できずに固まっていると、エルウェがむぅと不貞腐れたように頬を膨らます。
「何じゃ、我が酒は飲めぬと申すか」
「っ……頂き、ます、ともッ!」
一語一語区切りながら怒鳴ると、差し出された杯をもぎとり、どっかりとその場に座り込む。
にこにことエルウェは満足顔だ。
オロフェアはオロフェアなりに頭に上り続ける血を何とか下げようとしているのだが、とてもじゃないけれどそんなふうには見えない。
こう、なんというか、エルウェのゆったりとしたマイペースな物言いはケレボルンそっくりで、それがオロフェアの神経を激しく逆撫でしてくるのだ。
酒を酌み交わしながら、エルウェは今までのことを話し始めた。
そして話がメリアンとの結婚の件になると、オロフェアは胸のむかつきを抑え切れず、知らず知らずのうちに顔が険しくなっていた。
つまりこの男は今の今までマイアといちゃついていたのだと、そういうような事を言ったわけで。
「あぁ、オロフェア、オロフェア!」
「は?」
急に名前を呼ばれ、咄嗟に出た妙な声が返事に代わり。
「今、己が如何な顔をしておるか、分かっておるか?」
「…………………は?」
「予がおらぬから寂しかったのであろ?ほんにそなたは予が大好きなのじゃな!」
喉奥でくつくつと笑いながらエルウェが爆弾発言。
いい加減認めろ、と続れけばオロフェアの眉間にしわが寄る
「これからあなたは人前で喋らぬほうがよいのでは?あなたの頭が如何に悪いか知れれば、メリアンさまに見捨てられることは必至だろうから」
「あぁ大概素直でないな、オロフェア」
「あなたは相も変わらず莫迦だな、エルウェ殿」
一族の指導者に向かってこの上なく無礼な口の利き方をしているが、オロフェアはただの一貴族出にすぎない。もし周りに他のエルフがいたら卒倒ものである。
しかしエルウェはこの素直なオロフェアの性格を憎からず思っている。
……むしろ、非常に好ましく思っていたりするから、手に負えない訳で。
「―――まぁ、酒を酌み交わすという点だけにおいてならば」
だけ、という所を強調して、オロフェアは呟く。
「あなたがいなければ―――……詰まらぬ、とは思う」
オロフェアは宴会好きなテレリ族の中でも抜きんでて酒に強い。
そしてテレリの指導者たるエルウェも然り。
昼夜問わず繰り広げられるテレリの宴会において、酔いつぶれずに最後まで正気でいれるのは、この二人のザルのみなのだ。
「それ程、予を好いていてくれたのかえ!」
「……言葉も正しく理解出来ぬ程に莫迦だったか、あなたは」
見当違いも甚だしい事を嬉々として言われれば、全く温度を含まない返事を返す。
するとエルウェは嫌味な程優雅に微笑み、オロフェアの言などまるで聞こえなかったように話し始めた。
「そう、此処もそろそろ手狭になってきたものよ。ゆえ、メリアンとエグラドールあたりに新しい国を作ろうと思うておるのじゃが、無論そなたも予と共に来るのであろ?
―――否、嫌とは言わせぬが」
いや言われずとも行くつもりだし。アマンへ渡る事を諦めたとうの昔に、エルウェに付き従う以外の道を捨ててしまったというのに。
…それをこの男はいけしゃあしゃあと…。
オロフェアは怒鳴ってやろうかと思ったのだが、そうしてしまっては益々エルウェを喜ばせるだけだと胸の内に留め、己の杯に残る酒を一気に飲み干した。
これが焦がれてやまないアマンを諦め森を駈けずってまで探し回った指導者かと思うと、正直無性に腹立たしい。
……そう、腹立たしいはずなのに。
「……横暴よな」
重い溜息と共にそう呟けば、さも愉快だといわんばかりにエルウェは笑う。
鈴を転がしたような美しい声を張り上げ惜しげもなく。
笑う。
ただ、笑う。
未だ闇に侵食されぬ土地に、笑い声が響く。
……そうして、胸に広がるのは、安堵の色。
「其れのみが我が取り得ゆえ!」
「…どういう理屈なんだ、それは…」
そんな彼が嫌いじゃない自分もどうかしてる、と。
オロフェアは片手で笑いかけた顔を覆った。
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